JR線の乗車券を駅の「みどりの窓口」で購入する際、大部分はマルス端末から発券された磁気券を手にすることと思います。
しかし、手売りの常備券や補充券(非端末券)が完全に消滅したわけではありません。日本列島はとても広く、全国のすべてのJR駅にオンライン処理可能なマルス端末が完備されているわけではありません。したがって、出札業務を手作業に依存する場面がどうしても残っています。乗車券類の経路や規則上の例外によっては、JR線の手売りきっぷの入手が決して不可能ではないといえます。
ところで、東京中心部の特定エリアを通過する場合に適用される「旅客営業規則70条」は、簡潔に書かれながらも意味が複雑で、読み手によって解釈が分かれる可能性があります。また、条文からは読み取れない細かな取り扱いもあるため、規定として非常に難解です。
この記事では、規則70条が関係した経路を筆者が念入りに検討し、購入した普通乗車券が「出札補充券」で発行された過去の事例の是非について、ひとつのケーススタディとして深掘りしていきます。
規則の解釈・運用の変更は常にあり、システム改修も頻繁に行われていると考えられます。そのため、本記事で取り上げたケースを含め、事象を再現できない(同じきっぷを入手できない)ことがあることをあらかじめご了承ください。

本記事にて使用した乗車券、本来は経路指定せずに発売するのが正当な扱いです。ただし、本記事で実際に乗車した経路を取ること自体は可能です。
この記事に記載した運賃・料金の金額は、初稿執筆の2017年時点のものです。本記事は経路取りや運賃計算のヒントを提示したものであり、結果を保証するものではないことをご承知おきください。
東京近郊区間内を大回り乗車できる例外
今回購入した普通片道乗車券は、大都市近郊区間の一つ「東京近郊区間」のエリア内を周回するものです。
この記事を読む上での鍵は、新幹線が経路に含まれる場合は、大都市近郊区間を外れることです。その場合、例外的な扱いとして、乗車経路通りに乗車券を購入することになります。
大都市近郊区間内で在来線を乗車する場合、一筆書き経路である限り、任意の乗車経路にて選択乗車することが可能です(旅客営業規則157条2項)。いわゆる、最低区間運賃での「大回り乗車」といわれるものです。
この点を別の観点からみると、大都市近郊区間内における乗車券は、営業キロの長短を問わず、途中下車できないことになります。
これらのルールを裏返して考えると、大都市近郊区間内であっても、経路の一部に新幹線の区間が含まれる場合、任意の経路を選べません。規則67条の大原則にそって、乗車経路の通りに乗車券を購入することになります。
その場合、乗車距離が100kmを超えると、きっぷの有効期限が運賃計算キロに応じて2日間以上になり、途中下車が可能となるわけです。
新幹線に乗車する区間によっては、運賃計算上、マルス端末で処理できないケースがまれに発生します。この記事で検討するのは、マルス端末での発券ができないゆえに、出札補充券で乗車経路通りに発券してもらった例外的なケースです。
旅客営業規則第70条の解釈
この記事を読み解く根拠となるルールを、最初に押さえたいと思います。
JRの旅客営業規則第70条では、東京都区内にある環状経路部分を通過する場合の運賃計算方法について規定されています。その条文は、次の通りです。
第70条
JR旅客営業規則から引用
第67条の規定にかかわらず、旅客が次に掲げる図の太線区間を通過する場合の普通旅客運賃・料金は、太線区間内の最も短い営業キロによつて計算する。この場合、太線内は、経路の指定を行わない。
このルールについては、市販されている時刻表の桃色ページでも言及されています。
規則67条では、乗車する経路通りに乗車券を発売するとの原則が定められています。しかし、規則70条はその修正として、当該エリア内では経路を指定しない旨例外的に定められています。
「経路を指定しない」という言い回しに、多くの意味が含まれています。乗車券の発売上、最短経路の営業キロにて運賃計算を行うわけですが、経路も最短経路に拘束されます。つまり、実際に乗車したい経路を指定したくても、規則の解釈上、当該経路を乗車券上で指定できません。
実際に乗車することはできるけど、その経路を指定した乗車券は購入できないという意味です。
規則70条エリアを一筆書きで乗車する限り、きっぷの営業キロにかかわらず、また新幹線を含むか否かにかかわらず、任意の経路を乗車できます(途中下車も可能)。ただし、その際使用する乗車券は、経路を指定しないため、希望する経路が経由欄には記載されません。エリア内における最短経路での運賃計算および乗車券の発行が強制され、それゆえ希望する経由線区を指定できないのが、理解する上のポイントです。
規則70条上は「運賃計算」を最短距離で行うものの、乗車券の効力までを拘束するものではないという指摘を見かけます(ここでいう効力とは、途中下車や任意経路で乗車することなど)。
JR東日本にこの点を質したところ、運賃計算上、便宜的に最短経路をとるのではなく、あくまでも「経路を指定しない」ので、実乗経路がどうであれ、最短経路でしか発売できないという回答を得ました。
本来、任意の経路を取れ、途中下車も可能にもかかわらず、経路が特定されない乗車券をもって乗車すると、改札口で駅員ともめる場面が容易に想定できます。
乗車経路の検討
規則70条を適用する経路には、無限のパターンが考えられます。
その一例として、大宮駅方面から赤羽駅を経由して田端駅で山手線に乗り換え、新宿駅までほぼ一周乗車し、三鷹駅方面へ向かう場合が考えられます。
その場合、実際の乗車経路にかかわらず、最短経路である赤羽駅ー新宿駅(埼京線十条駅経由)を通ったものとして扱います。

今回は、東京近郊区間内の1駅間の一例として、東北本線の川口駅ー赤羽駅という1駅間を取り上げます。
脱線しますが、この駅間の最短区間の営業キロは2.6km、運賃は140円です。当該経路の場合、在来線だけを乗車する場合で途中下車しない場合(改札口を出ない場合)、一筆書きである限りは、大回り乗車でも140円だけで済むことになります。

後出の出札補充券との違いを、ぜひ観察していただきたいです。
今回は、当該経路上に新幹線の区間を一部含めました。規則67条の規定通り、運賃計算の基本である実乗キロで運賃計算して、普通片道乗車券を購入しました。実乗経路と運賃計算経路は、下表のとおりです。
発駅 | 経由線区 | 着駅 | 実乗キロ | 運賃計算キロ |
川口 | 東北 | 東京 | 15.8 | — |
東京 | 新幹線 | 品川 | 6.8 | — |
品川 | 山手1 | 代々木 | 9.9 | — |
代々木 | 中央東 | 立川 | 27.9 | — |
川口 | 東北 | 赤羽 | — | 2.6 |
赤羽 | 埼京 | 池袋 | — | 5.5 |
池袋 | 山手2 | 新宿 | — | 4.8 |
新宿 | 中央東 | 立川 | — | 27.2 |
立川 | 青梅 | 拝島 | 6.9 | 6.9 |
拝島 | 八高 | 倉賀野 | 82.1 | 90.3 |
倉賀野 | 高崎 | 高崎 | 4.4 | 4.4 |
高崎 | 上越新幹線 | 熊谷 | 40.3 | 40.3 |
熊谷 | 高崎 | 大宮 | 34.4 | 34.4 |
大宮 | 東北 | 南浦和 | 7.8 | 7.8 |
南浦和 | 武蔵野 | 武蔵浦和 | 1.9 | 1.9 |
武蔵浦和 | 埼京 | 赤羽 | 10.6 | 10.6 |
【合計】 | 248.8 | 236.7 |
エリア内では任意の経路を取れることから、「川口駅(王子駅を通る在来線)東京駅【新幹線】品川駅(在来線)新宿駅(中央本線方面)」という経路を乗車することが可能です。
ところが、規則70条によって、運賃計算は、最短経路の「川口駅ー赤羽駅(十条駅経由)新宿駅(中央本線方面)」で行います。そのため、実乗キロと運賃計算キロに齟齬が生じます。
このケースでは、経路途中の「赤羽駅ー新宿駅」までは経路の指定を行わないことから、乗車券は最短経路で発行しなければなりません。ただし、東京駅や品川駅など最短経路外でも途中下車が可能です。
運賃計算上、営業キロ236.7km、運賃額4,000円(2017年当時)として乗車券を発行するのが正当な扱いです。実乗経路にかかわらず、70条エリア内最短経路で計算すると、その結果が導かれます。
しかし、このケースにおいて実乗経路を指定した場合、マルス端末では4,000円と算出することが不可能でした。それゆえ、出札補充券の出番となりました。

この画像が、実際の「出札補充券」の券面です。実乗経路が、別紙で添付されます。
規則70条の解釈上、乗車券上に実乗経路を反映させることはできません。したがって、本事例において実乗経路を経由欄に記載したことは、当時OKであったとしても現在はNGです。少なくとも、同経路の乗車券を今後購入する場合、出札補充券の出番となることはまず考えられません。
とはいえ、実務的なところで(JR東海の)新幹線に乗車する際に、経路通りの乗車券を持っていないとトラブルになると懸念しました。筆者も、大事をとって経路を指定して乗車券を発行できないか模索し、その結果出札補充券で発券してもらったわけです。
こぼれ話ですが、後述の東京駅入場時に、JR東海の東京駅駅員に不審を抱かれました。娯楽的なきっぷを作って乗車するからいけない、という批判がもしあれば、甘んじて受けたいと思います。
出札補充券で「東京近郊区間」内の列車を実乗!
ここまで、頭の痛くなるような、難しい話が続いてしまったことと思います。
検討を慎重に重ねて購入した、上記のきっぷを使用して、実際に乗車しました。その日の体験を共有したいと思います。
発駅の川口駅で入鋏!
朝の川口駅で出札補充券に入鋏してもらい、京浜東北線で東京駅に向かいました。


東海道新幹線乗車【東京駅ー品川駅】
今回の経路中のキーポイントです。
自由席でわずか7分間の乗車で、特急料金は860円。後にも先にも経験しないだろう短区間の乗車でした。
東京駅の東海道新幹線改札口を通過しようとしたら、2人の駅員がきっぷをじろじろ見て、疑っている様子。正しいきっぷを持っているので、堂々と通ったのですが、後味が悪かったです。旅行前に懸念を抱いた通りとなりました。

良くも悪くも、補充券よりもばかばかしく、珍しい特急券かもしれないです(笑)。
こだま号名古屋行に乗車。すでに引退してしまった、700系車両でした(JR西日本所有の車両)。




八高線乗車【拝島駅ー高麗川駅ー高崎駅】
東京駅から100km圏内のJR線において気動車が残る、貴重な線区です。ほぼ全線にわたり、里山の中を走る路線です。半日でちょっとローカル線に乗りたいと思い立った時に、気軽に乗車できる路線です。
途中の高麗川駅(埼玉県日高市)までは電車で、高麗川駅から先、高崎駅までは2両編成のワンマン気動車に乗車しました。
拝島駅から、まずは川越行に乗車。東京都内の区間は、住宅地の中を走ります。



単線の路線なので、ローカル感がよく感じられます。箱根ヶ崎駅を過ぎて埼玉県に入ると、茶畑が広がります。ほっとした気分になりました。
高麗川駅は思ったよりもローカルな駅で、駅前にコンビニもなかったです。

ここで、気動車とご対面。昼下がりの時間帯の乗車でしたが、そこそこ人が乗っていました。
高崎駅に近づくにつれて、地元の乗客が多く乗車してきて、車内が混んできました。


思ったよりも田舎を走る路線で、遠い地方に行ったかのような気分になりました。
寄居駅あたりまでは里山を縫って走り、その先高崎駅までは関東平野の中、関越自動車道と並走。高崎駅では、途中下車。
上越新幹線乗車【高崎駅ー熊谷駅】
八高線から高崎駅を経由して大宮駅方面に戻る経路で、高崎駅で途中下車するためには、一筆書きの経路でなければなりません。そこで、高崎駅から熊谷駅までは、上越新幹線に乗車する経路をとりました。
東海道新幹線および上越新幹線の区間が経路に含まれているため、東京近郊区間外の扱いとなります。乗車券の有効区間は、運賃計算経路に基づき3日間となり、途中下車が可能となるわけです。

新幹線の自由席特急料金は、途中に本庄早稲田駅ができてからも860円です(特定特急券)。
実際に乗車したのは、日曜日の夕方の東京行きでした。とても混雑していて、自由席には空席がありませんでした。



高崎駅では多くの乗客がこの列車に乗車しましたが、自由席では座ることができませんでした。

読み手によって異なる解釈が可能な規則70条
規則70条条文にある「太線内は、経路の指定を行わない」という言い回しの解釈は、複数考えられます。
● 運賃計算は最短経路で行うが便宜的なもので、実乗する任意の経路を乗車券上に反映できる。【誤】
● 運賃計算を最短経路で行うが経路を指定しないため、好きな経路で乗車券を作れるわけではない。【正】
当該条文上の「最も短い営業キロ」とは、最短経路を意味すると解釈するのが自然でしょう。その最短経路と「経路の指定は行わない」の経路(必ずしも最短とは限らない)とごっちゃになります。
JRの旅客営業規則には、さらっとした言い回しで書かれた条文が多くあります。しかし、字面に表れない解釈や細かな取り扱い方が含まれているケースが多いように見受けます。
読み手の解釈にゆれが生じると、解釈次第で全く異なる効果が現れます。それは、時にトラブルを招く可能性があり、ルールの決め方として好ましくありません。営業関係の規程制定上の大きな課題と考えます。
まとめ
JR線を乗車する際、東京中心部の特定エリアを通過する場合には、特殊ルールである「旅客営業規則70条」が適用になります。市販されている時刻表の桃色ページにも、このルールの記載があります。
大都市近郊区間や途中下車制度、運賃計算上の遠距離逓減制にも影響を及ぼすことのあるルールですが、解釈が非常に難解で悩まされます。
当該エリアを通過する際の運賃計算は最短経路で行いますが、経路を指定しません。そのため、実乗する際には任意の経路を取れるにもかかわらず、乗車券を購入する上では実乗経路を指定できません。
東京中心部の特定エリア内で任意の一筆書き経路を取ることができるものの、乗車券には当該経路を反映させることが不可能なことを素早く理解できる人は、それほど多いとは思えません。
ただでさえ難解なJRの運賃計算ですが、この70条の存在によって、より難しくかつ煩雑になっています。本記事に挙げたように、出札補充券の発行につながってしまうなど、現場駅員の負担も重いと考えます(当時、補充券で対応したのは正当な取り扱いだった可能性がありますが、現在ではありえません)。
最後に、乗車券の発行や質問へ対応くださった職員の方々に謝意を表した上で、本記事をしめたいと思います。
参考資料 References
● 「きっぷあれこれ」大都市近郊区間・途中下車(JR東日本)
● 旅客鉄道株式会社旅客営業規則67条(旅客運賃・料金計算上の経路等)より抜粋
旅客運賃・料金は、旅客の実際乗車する経路及び発着の順序によつて計算する。
● 旅客鉄道株式会社旅客営業規則70条(特定区間における営業キロ)より抜粋
第70条 第67条の規定にかかわらず、旅客が次に掲げる図の太線区間を通過する場合の普通旅客運賃・料金は太線区間内の最も短い営業キロによって計算する。この場合、太線内は、経路の指定を行わない。

2 蘇我以遠(鎌取又は浜野方面)の各駅と前条第1項第5号に掲げるいずれかの経路を経由して前項に掲げる図の太線区間を大久保以遠(東中野方面)、三河島以遠(南千住方面)、川口以遠(西川口方面)又は北赤羽以遠(浮間舟渡方面)へ通過する場合の普通旅客運賃・料金は、第67条及び前条第1項第5号の規定にかかわらず、外房線蘇我・千葉間、総武本線千葉・錦糸町間及び前項に掲げる図の太線区間内の最も短い経路の営業キロによつて計算する。
● 旅客鉄道株式会社旅客営業規則157条(選択乗車)より抜粋
(1項は割愛)
2 大都市近郊区間内相互発着の普通乗車券及び普通回数乗車券(併用となるものを含む。)を所持する旅客は、その区間内においては、その乗車券の券面に表示された経路にかかわらず、同区間内の他の経路を選択して乗車することができる。
3 前項の場合、普通乗車券を所持する旅客が、他の経路を乗車中に途中駅において下車したときは、区間変更として取り扱う。
改訂履歴 Revision History
2017年7月02日:初稿
2022年6月14日:初稿 再構成
2022年6月22日:初稿 修正
2023年02月13日:初稿 修正
2023年4月06日:初稿 修正
2023年7月03日:初稿 修正
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