ラストラン「かもめ」号の団体枠買い占めをめぐる狂騒曲

787系電車宮崎駅にて 九州

2022年9月23日、武雄温泉駅(佐賀県武雄市)と長崎駅(長崎市)を結ぶ「西九州新幹線」が開業しました。新幹線の開業は、鉄道ファンのみならず、多くの人にとって大きなイベントです。

西九州新幹線の開業の裏で、在来線の長崎本線を走る特急「かもめ」号が、ひっそりとラストランを迎えました。

開業前夜の在来線特急「かもめ」号ラストラン列車に乗車し、翌日西九州新幹線「かもめ」号に記念乗車したいと思った人が多く、それぞれの列車の乗車1か月前、8月22日と23日午前10時に指定券の争奪戦が起きました。

ここで、狂騒曲がありました。駅のみどりの窓口で10時打ちをトライした結果、想定以上の争奪戦だったようです。満席であること自体はごくありふれた事象ですが、今回その満席の理由が物議をかもしました。

筆者はかつて、某大手旅行会社(今回の事象を起こした当該旅行会社の競合他社)に従事し、運輸機関から座席の仕入れを担当していました。その経験から、旅行会社を辞めた「やめ旅おじさん」の筆者として、今回の事象にある背景について、考えてみました。

この記事では、旅行会社が定期列車の座席を団枠として大量におさえ、その座席を旅行商品として、多額の利益を乗せて販売することの是非について、多くの意見を紹介しながら考えていきたいと思います。

スポンサードリンク
スポンサードリンク

どういう出来事だったか振り返り

787系電車普通車車内

西九州新幹線が開業する前夜である2022年9月22日に博多駅を出発する、ある旅行商品が発売されました。

この旅行商品では、在来線の長崎本線のラストランである特急「かもめ」45号のグリーン車に博多駅から乗車し、長崎駅チカのビジネスホテルに1泊します。そして、翌日の開業初日の西九州新幹線「かもめ」24号の普通車指定席に乗車し、博多駅まで帰着するというものでした。

この商品は、大手旅行会社である「クラブツーリズム」社(以下「クラツー」)が発売したもので、値段が29,800円でした。同社の会員(クラブツーリズムパス会員)のみが購入できる商品でした。つまり、同社のお得意様にだけ販売する商品だったということです。

物議をかもしながらも、この商品は好評なようでした。本記事執筆時点では、すでにキャンセル待ちとなっていました。

その裏で、ラストランの特急「かもめ」45号に乗車するための指定券を、個札として駅のみどりの窓口で購入しようとした鉄道ファンが大勢いました。乗車1か月前である8月22日の朝10時、いわゆる「10時打ち」をトライするも、満席で予約できず、肩透かしを食らった形になりました。

かもめ45号座席表示
Twitterより画像引用

10時打ちの瞬間には、満席だった理由が明らかではありませんでした。上の写真の通り、ある人が座席の予約状況を駅員さんに確認したら、1号車と3号車のほとんど全席が団枠であることが発覚しました(本記事中のツイートが詳しいです)。そして、その事実がTwitterで拡散され、炎上騒ぎになったわけです。

クラツー側からは、当該旅行商品の発売が予告されていました。個札で取れなかった理由が明らかになったところで、個札客の怒りを買ったわけでした。

「かもめ」45号のグリーン席に至っては、12席とも団体枠として押さえられていました。そのため、1か月前に本来発売される席がすでに売り切れ、当然取れなかったわけです。

スポンサードリンク
スポンサードリンク

鉄道ファンの反応

ラストランの特急「かもめ」号に乗車したかった乗客にとって、愕然とした出来事でした。その怒りは当該旅行商品を発売したクラツーに向かい、Twitter上ではちょっとした炎上騒ぎになりました。

ここでは、それらの反応の一部をそのまま引用したいと思います。

「かもめ」45号の号車別の残席数を詳しくレポートしたツイートです。これがきっかけで、今回の事象が発覚しました。

ポジティブな反応はほとんどなく、ネガティブなコメントが目立ちました。

これらのコメントから導かれる大きな問題点は、次の2点に集約されるかと思います。

● 定期列車であり、急用で乗車が真に必要な人が乗車できないこと

● 付加価値がない定期列車の座席を買い占めし、高額の旅行商品として販売することが、転売ヤー的な行為ではないか

公共インフラである鉄道の定期列車を、一旅行会社の商材として私物化しているのではないか、懸念を抱かざるを得ません。

スポンサードリンク
スポンサードリンク

団体枠とは

九州新幹線のイメージ

大勢で一時にサービスを消費する際、一般的には団体割引が受けられることが多いです。鉄道会社のJRも例外ではなく、現在では8名以上集まれば、団体としてきっぷを申し込むことができます。

団体でJR線を利用する場合、個人に比べて大きく2つのメリットがあります。

● 指定席の予約を早期に行える

団体割引乗車券については、乗車日の9か月前から申し込むことができます。指定券も例外ではなく、一般の個札の発売開始日である1か月前よりも、団体枠としてはるかに早く座席をおさえることができます。団体枠は「団枠」と呼ばれることもあります。

どれだけ団体客を取って(団枠を確保し)、残りを個札として発売するかは、座席を提供する運輸機関次第です。筆者は、JRの定期列車で団体客をどれだけ取るのか、事情を知りえません(今回の事象から、JRには団枠の席数制限はないかもしれません)。

参考までに、航空便の場合、団枠の席数には制限があります。座席が空いているからといっても、すべての席を団枠として買い占めることはできません。団枠の座席は大量に売れる代わりに値段が安く、個札の座席は逆に高く売れるという特性があります。運輸機関にとって、収入管理という観点からは、両者をバランスよくミックスするのが望ましいです。

● 団体運賃の割引を受けられる

もう一つのメリットは、JRでは8名から普通運賃の割引を受けられることでしょう。例えば、4人家族が2組同時に移動することで8人となり、指定席を早くとれたり、運賃割引を受けられたり、かなり優遇されると思います。

運賃の割引率は、乗車する時期と団体の種別(一般団体・学生団体)の2つの要素が影響します。特急料金などの料金の割引はありません。それでも、旅行会社が主催する旅行(募集型企画旅行)で使用する座席を早期かつ安価におさえることができるのは、旅行会社の強い特権でしょう。

旅行会社は、利益を上げられる商品を造成するために、これらの特性を活かすわけです。

スポンサードリンク
スポンサードリンク

当該旅行商品の価格分析

787系電車宮崎駅にて

座席を団体枠にて個人よりも早く、安価に確保できる旅行会社にとって、JRの列車は良い商材です。認可や届出が必要な鉄道運賃・料金に対し、旅行商品の価格には政府の統制がないため、旅行会社が自由に価格設定できます(その上、客を選ぶこともできます)。

それゆえ、今回のラストラン列車のようなレアな旅行商品の場合、時にお金をぼったくっているような印象を与えることがあります。

それでは、今回のラストラン列車を含む当該旅行商品の価格を筆者なりに分析したいと思います。

● 在来線特急「かもめ」45号(グリーン車)

乗車券:2,860円 x 85% = 2,430円(団体割引15%適用)

特急・G券:3,800円(料金には割引なし)

合計:6,230円

● 西九州新幹線「かもめ」「リレーかもめ」24号(普通車指定席)

乗車券:2,860円 x 85% = 2,430円(団体割引15%適用)

特急券:3,190円(料金に割引なし)

合計:5,620円

● ホテル(長崎市内ビジネスホテル)

シングルルーム:5,500円(おおよその相場から推定)

新幹線開業前夜という特殊な日のため、相場が上昇していると思われます。ただし、この記事では考慮していません。

■ 仕入金額合計

17,350円

旅行会社へのコミッションは、同じく考慮していません。保険代や諸雑費を含め、仕入れは17,000円程度ではないかと推測します。

★ 販売価格と仕入金額の差額(旅行会社の利益)

12,450円

この旅行商品の付加価値は、列車運行日と時間帯のみです。列車の団枠確保以外、とりたてて工夫が行われたようには感じ取れません。

この旅程は本来、個人でも個札にて手配することが容易です。そんなわけで、旅行会社が募集型企画旅行として募集することにより、特別な努力なく多額の利益を上げられることがお分かりいただけるかと思います。

商品造成に創意工夫の余地が少ないため、「転売ヤー」呼ばわりされ、批判されても致し方ないと思います(クラツーに限りませんが)。

旅行会社にNOを言えないサプライヤー

九州新幹線のイメージ

自ら形のある商品やサービスを持たない旅行会社にとって、企画力と販売力(営業力)がすべてです。そして、一人でも多くの旅行者を送客することで、より多くの利益を得るビジネスモデルです。

運輸機関には販売部隊がなく、専ら駅の旅行センターや旅行代理店に販売がゆだねられていたため、集客が旅行会社頼みだった面があります。そのため、旅行会社は、旅行「代理店」と呼ばれることがあります(販売を代理するため、旅行「代理店」)。

運輸機関のきっぷを1枚販売すると、数パーセントのコミッションを当該運輸機関からもらえます。利用客から取扱手数料を取ることも可能で、両手で収入を得られることになります。

JRの場合でも、委託販売契約を結ぶことで、座席を合法的に安く仕入れられます。それゆえ、極論では「転売ヤー」と変わらないといえます。

日本には四季があるため、旅行に適した時期と不適な時期にはっきり分かれます。つまり、旅行者が少ない閑散期には、用意した座席(商品)が売れ残り、空席(在庫)を多く抱えることになります。

例えば、JR東日本では「大人の休日俱楽部」などで、閑散期の需要発掘のような営業努力がなされています。しかし、それだけで座席が満席になるわけではなく、基本は旅行会社の営業力=送客力頼みです。

それだから、鉄道会社に限らず、旅行会社と取引するサプライヤーは、旅行会社には「NO」を言うことができません。もしもNOを言ったら、旅行会社が自分の会社に送客してくれないことになります。そのため、閑散期に送客できる旅行会社の立場はとても強いといえます。

今回のような列車の座席を団枠で総おさえするような事態の背景としては、このようなサプライヤーと旅行会社との力関係があります。

筆者が旅行会社に在籍していた時、サプライヤーには過剰要求をしないよう、強く教育を受けました。しかし、それは建前に過ぎず、対サプライヤーでは結構おいしい思いをしたのが、率直なところです。

消費者が一番強い~倫理観が求められる~

有明海から望む雲仙普賢岳

そのような旅行会社の諸々のふるまいを、消費者はみています。力任せにあくどいやり方をすると、いつかは消費者からそっぽを向かれるのではないでしょうか。

クラツーの乗り鉄系旅行商品のヒットが続き、JR側がものを言えなくなっているのではないかと推察します。ただし、旅行会社の力が強くなりすぎると、今回のような鉄道ファンの反発につながり、かえって自分の首を絞めることになりかねません。

比較的若年層に多い鉄道ファン、消費者として十分な目(価格感)を持っているとは言い切れません。そのため、旅行会社や鉄道会社は、商品の値段を適正相場よりもつり上げることは十分ありえます。ためらわずにいえば「ぼったくり」の感すらあります。

消費者のなかでも、鉄道会社や旅行会社に抗うことのない鉄道ファンに対してこそ、お金をぼったくることなく適正な価格で商品を提供する倫理観が求められると思います。

団枠で座席をブロックし、個札できっぷを買えないことは、消費者にとっては機会損失に他なりません。今回は、その機会損失が(高額な旅行商品を買うための)金銭負担の増加という、消費者にとって目に見える不利益として現れてしまっています。

機会損失は不公平なことで、顧客の不満に直結します。旅行会社が倫理観を持つことに期待するだけではなく、サプライヤー側も広い目で、機会損失がないよう十分に配慮することが必要と考えます。

参考資料 References

● 西九州新幹線の指定席券、10秒で完売 鉄道ファンら争奪戦に熱(Yahooニュース)2022.8

● 「貨物線ツアー」を大ヒットさせた鉄道旅行界の仕掛人の正体とは?(AERA dot)2019.11

「貨物線ツアー」を大ヒットさせた鉄道旅行界の仕掛人の正体とは? | AERA dot. (アエラドット)
企画したツアーは連日満席。キャンセル待ちが数百人規模になることもあるという鉄道ツアーのヒットメーカーがいる。クラブツーリズムの大塚雅士氏(51)だ。貨物車両専用で、通常の旅客列車では走ることのない…

● きっぷあれこれ:団体割引乗車券(JR東日本)

割引乗車券(団体割引乗車券、回数乗車券):JR東日本
JRのきっぷの種類・発売日・有効期間や、学割・団体割引をはじめとする割引料金、変更・払いもどしなど、きっぷに関するさまざまなご案内をしています。

改訂履歴 Revision History

2022年8月25日:初稿

2022年8月26日:初稿 修正

2022年8月29日:初稿 修正

2022年10月13日:初稿 修正

2023年4月01日:初稿 修正

コメント

タイトルとURLをコピーしました