JR東日本・北海道管内の新幹線や在来線特急列車に設定され、おトクに利用できるネット専用割引料金「えきねっとトクだ値(以下「トクだ値」)」。筆者も長年愛用している、JR東日本の優良商品です。
従前、「トクだ値」は乗車券付きのセット料金券として提供されてきました。特急券部分のみならず、乗車券部分も割引になっていて、購入時期によってはかなり格安に乗車できます。そんなきっぷの人気を反映してか、早割料金の「お先にトクだ値」はなかなか取りにくい状況です。
そんなトクだ値にも、ここ最近転機がやってきたようです。在来線特急列車の「トクだ値」が、「乗車券付き」から「チケットレス特急券」に変化しつつあります。チケットレス特急券では乗車券部分が割引にならないことから、実質的な割引縮小かなと、筆者は問題意識を持ちました。
この記事では、JR東日本管内の首都圏地区「在来線特急列車」のネット割引料金「えきねっとトクだ値」について、従前の乗車券付きの値段とチケットレス特急券の値段を比較し、消費者にとって不利益がないか分析します。

「トクだ値」チケットレス特急券と併用する普通乗車券に割引がないため、従来よりも実質価格が引き上げになりました。各利用者が使用する乗車券の種類によって、損得が分かれます。
なお、新幹線のトクだ値については、すでにチケットレスの「新幹線eチケット」にて提供されているため、乗車券付きの商品設計に変化はないだろうとみています。そのため、本記事では検討対象外です。
在来線特急列車の「えきねっとトクだ値」の状況

長年にわたって、JR東日本のネット予約サービス「えきねっと」限定の割引料金として、「えきねっとトクだ値」が提供されてきました。きっぷの買い方を駅からネットに誘導するための目玉商品ともいえます。
従前は、新幹線、在来線特急列車を問わず、乗車券付きの「紙のきっぷ」として発売されていました。ネットで予約・決済を済ませ、駅で紙のきっぷを受け取って乗車するスタイルです。特急料金だけではなく、乗車券部分も割引になるのが大きなメリットで、優れた商品であるゆえんです。
ところが、JR東日本のチケットレス施策が進むにつれて、状況が変化してきました。2020年にチケットレス乗車サービスの「新幹線eチケット」が始まってから、新幹線のトクだ値がチケットレスに変わりました。
続いて、2022年度に入ってから、千葉県内を走る房総特急から、チケットレス特急券化が本格的に始まりました。そして、2023年度には東海道線特急「踊り子」号、常磐線特急「ひたち」「ときわ」号のトクだ値が、乗車券付きからチケットレス特急券に変わりました。そして、高崎線特急「草津・四万」号については、最初からチケットレス特急券での割引料金提供です。
これらのチケットレス特急券の割引は、概ね35%引きです。乗車券部分は商品から切り離されたため、割引なしとなりました。
中央線特急「あずさ」「かいじ」号については、2023年上期において乗車券付きの紙のきっぷとして残っていますが、先行きは読めません。
ただし、東武鉄道連絡特急「きぬがわ」「スペーシア日光」号や、東北地方の特急列車「いなほ」「つがる」号、JR北海道管内の各特急列車については、いまのところ紙のきっぷからの制度変更は考えられません。
トクだ値チケットレス特急券のメリット・デメリット

在来線特急列車の「トクだ値」チケットレス特急券のメリットおよびデメリットを、筆者は次の通りと考えます。
利用客一人一人によってきっぷの利用形態が違うため、利益か不利益かを一概に決めつけることはできません。しかし、ネット割引料金の恩恵にあずかるためには、頻繁な変化についていけるだけの順応性が必要なのは確かです。
メリット
● 出発直前まで割引料金で特急券を買えること
従前の乗車券付きトクだ値は、少なくとも前日までに購入する必要がありました。一方、トクだ値チケットレス特急券は、出発時刻まで購入が可能です。実質的に、チケットレス特急券が概ね35%の値引きになる形です。席数限定での提供のため、あくまでも売り切れなければのお話ですが。。
● 乗車券が普通乗車券に限らないこと
乗車券付きの乗車券部分は、普通乗車券でした。したがって、他のきっぷとは併用できませんでした。チケットレス特急券は、交通系ICカードや定期券、フリーきっぷなど任意の乗車券と併用が可能です。
● 紙のきっぷの引き取りがないこと
乗車する前に紙のきっぷを駅で引き取る必要がなくなりました。引き取ってからは列車の変更ができなくなりますが、チケットレス化でその制限がなくなります。
● キャンセル料が単純であること
従前の紙のきっぷでは、紙のきっぷの引き取り後にキャンセルする場合の払戻手数料の計算方法が非常に複雑でした。これも、チケットレス化で1枚320円の払戻手数料と、非常に単純になります。
デメリット
● 料金が乗車券付きと比較して高額なこと(実質的な値上げ)
乗車券部分の割引がなくなることで、実質的な値上げにつながります。チケットレス特急券自体の割引率は大きいものの、無割引の乗車券部分を合算すると、紙のきっぷより当然高額になります。紙のきっぷでよい人にとっては、その分不利益が発生することになります。
● チケットレス特急券がクレジットカードでしか決済できないこと
えきねっとでチケットレス特急券を購入する場合、ウェブブラウザでもえきねっとアプリでも、決済方法はあらかじめ登録したクレジットカードのみです。紙のきっぷと違って、現金払いやコンビニ決済が不可能なため、鉄道会社が客を選ぶ形になります。
● 乗車券部分は依然紙のきっぷ
えきねっとで在来線特急列車のチケットレス特急券を購入する際、あわせて乗車券を付ける場合、特急券はチケットレスながら、乗車券部分は依然紙のきっぷです(厳密には、チケットレス特急券も指定席券売機で紙のきっぷとして引き取り可能と思われます)。
なお、紙のきっぷである乗車券付きトクだ値では「特定都区市内制度」が適用されます。特定都区市内制度はあくまでも普通乗車券のお話なので、チケットレス特急券単体では特定都区市内制度適用いかんは関係ありません。したがって、今回のチケットレス特急券化のデメリットとはいえません。
「乗車券付き」と「チケットレス特急券」の価格分析

ここでは、読者の皆様が一番気になると思う、制度変更前後のトクだ値の値段について分析を進めたいと思います。
制度がすでに変更になっているか、これから変更になるであろう首都圏地区の在来線特急列車は、次の通りです。
● 房総特急
特急「しおさい」「わかしお」「さざなみ」号などの特急列車です。乗車券付きのトクだ値が、2022年度下期からチケットレス特急券に変わりました。

従前提供されていた、紙のきっぷのイメージです。銚子駅から東京駅ゆきの料金が前日まで40%引きと、高速バスと真正面から競争できる価格でした。

これは、2022年度上期の料金選択画面です。この時期は過渡期で、チケットレスの料金トクだ値、乗車券付きのトクだ値の双方が選択できました。この状態が、筆者的には理想でした。
房総特急にはいまだ自由席が設定されていますが、その料金には変化がありません。
● 常磐線特急
特急「ひたち」「ときわ」号です。これも、2023年度からチケットレス特急券に移行しました。

常磐線特急のトクだ値の割引率は元々低かったため、チケットレス化での価格面のダメージは比較的少ないです。しかし、高速バスと戦える値段とはいえません。
● 中央線特急
特急「あずさ」「かいじ」号です。「富士回遊」号には、元々トクだ値の設定はありません。現時点では、依然乗車券付きの紙のきっぷです。

中央高速バスとの競合があるためか、特に早割料金の「お先にトクだ値」の値段が安価なのが特長です。競合の影響で、値段に動きが生じるチケットレス化に慎重であると推察します。
● 東海道線特急
特急「踊り子」号です。2023年度からチケットレス特急券に移行しました。

高速バスとの競合がない区間ながら、早割料金「お先にトクだ値」が提供され、安価に移動できるのが画期的でした。踊り子号については、実質的な価格引き上げの面が目立ちます。
● 成田エクスプレス
元々チケットレス特急券で乗車する列車です。高割引率の料金トクだ値が従前から提供されています。

これは、JREポイント利用のチケットレス特急券画面ですが、トクだ値チケットレス特急券も全く同じイメージです。成田空港も、根本的に空港連絡バスと競合がある区間です。東京駅を発着する格安バスと比較すると、所要時間でも価格でも、正直なところサービスが見劣りします。
料金の比較表
以下に、今触れてきた各方面の特急列車のきっぷ形態別の価格の比較表を掲載します。[トクだ値チケットレス特急券+普通乗車券]、[乗車券付きトクだ値]および高速バスの料金表です。
● トクだ値:チケットレス特急券
方面 | 区間 | 乗車券 | 料金トクだ値 | 合計 | 備考 |
房総特急 | 東京ー銚子 | 2,310 | 1,220 | 3,530 | 2022/10-チケレス移行 |
常磐線特急 | 東京ー水戸 | 2,310 | 1,020 | 3,330 | 2023/04-チケレス移行 |
中央線特急 | 新宿ー甲府 | 2,310 | *** | *** | 紙券残存 |
東海道線特急 | 東京ー伊東 | 2,310 | 1,020 | 3,330 | 2023/04-チケレス移行 |
成田エクスプレス | 東京ー成田空港 | 1,340 | 1,120 | 2,460 | 元々チケレス |
● トクだ値:乗車券付き紙券
方面 | 区間 | トクだ値 | 最大割引率 | 備考 |
房総特急 | 東京ー銚子 | 2,510 | トク40 | 2022/09紙券廃止 |
常磐線特急 | 東京ー水戸 | 3,490 | トク10 | 2023/03紙券廃止 |
中央線特急 | 新宿ー甲府 | 2,710 | トク30 | 紙券残存 |
東海道線特急 | 東京ー伊東 | 2,710 | トク30 | 2023/03紙券廃止 |
成田エクスプレス | 東京ー成田空港 | *** | *** | 元々チケレス |
● 高速バス運賃
方面 | 区間 | 高速バス | 備考 |
房総特急 | 東京ー銚子 | 2,700 | |
常磐線特急 | 東京ー水戸 | 2,250 | |
中央線特急 | 新宿ー甲府 | 2,500 | |
東海道線特急 | 東京ー伊東 | *** | 高速バスなし |
成田エクスプレス | 東京ー成田空港 | 1,300 | 格安バス |
黄色でハイライトした値段が、それぞれ最安です。
例えば、表中最上段の房総特急「しおさい」号の東京駅から銚子駅までの料金は、[チケットレス特急券+普通乗車券]が3,530円、乗車券付きトクだ値が2,510円(トク40)、高速バスが2,700円です。乗車券トクだ値が最も安価で、乗車券付きトクだ値の商品性が輝いていた区間です。
上表からいえることは、乗車券付きのトクだ値、または高速バスの値段が安価で、[チケットレス特急券+普通乗車券]の値段が高くなる点です。10%割引の乗車券付きトクだ値と、[チケットレス特急券+普通乗車券]の値段が大体同額で、トントンな格好です。
筆者を含め、早割料金の「お先にトクだ値」を愛用している層にとっては、値段がかなり引き上げになったとお感じでしょう。

ここから先は、あくまでも筆者の意見です。
「トクだ値」チケットレス化の課題

これまで見てきたように、トクだ値のチケットレス特急券化は、乗客によっては利益になる一方、価格引き上げの形で不利益を受ける可能性があることをお分かりになったと思います。
在来線チケットレス特急券は、クレジットカードでのオンライン決済しかできません。クレジットカードを所持できない人にとって、今まで利用できた安価なトクだ値を利用できなくなります。
理想的なのは、従前から発売されている乗車券付きのトクだ値と、トクだ値のチケットレス特急券が両方提供され、利用パターンによって選択できることでしょう。この場合、きっぷの媒体が必ずしも紙でなければならないわけではありません。媒体を問わず、今まで利用できた料金を柔軟に選択できることが重要と考えます。
実質料金が引き上げられることで、料金がより安価な高速バスに乗客が流れてしまうことも考えられます。今でも怪しい在来線の競争優位性がさらに下がり、在来線の地位低下に拍車がかかってしまうのではないでしょうか。
きっぷのチケットレス化に思うこと
JRに限りませんが、鉄道業界に一番欠けているのが、消費者目線に立った商品づくりです。自分の会社の視点しかない、単眼的な施策が続いています。
ここ最近の鉄道業界はこぞって、チケットレスが流行といわんばかりに、前のめりにひた走っているような印象を受けます。しかし、筆者にはチケットレス化でいったい何を実現したいのか、全く見えてきません。消費者には、そのメリットが還元されるのでしょうか。
きっぷのチケットレス化は、利用者が進んで希望して推進されてきたわけではありません。したがって、鉄道会社の一方的な都合(極論すれば、投資家に還元するための利益増大)を利用者に「ご理解いただく」形になります。
問題は、チケットレス化で今までの優れた商品設計の形が崩れてしまうことです。それが、トクだ値のチケットレス化による実質価格の引き上げの形で現れてきていて、利用者が割を食うのが明白です。
チケットレス化を一概に否定するものではありませんが、消費者はリーズナブルな対価で良いサービスを常に求めています。JR東日本が消費者目線に立たず、きっぷの媒体うんぬんといった目先のことばかりにとらわれるあまり、優れた商品設計が崩れることは、非常にもったいない話です。
参考資料 References
● 「えきねっとトクだ値」あれこれ|申込方法・料金・予約管理・注意点いろいろ
● 「えきねっとトクだ値」キャンセル料のワナ~複雑な計算方法を詳説~
改訂履歴 Revision History
2023年3月05日:初稿
2023年3月06日:初稿 修正
2023年4月07日:初稿 修正
2023年7月04日:初稿 修正
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