2023年3月18日のダイヤ改正に合わせ、JR東日本や東急電鉄など、首都圏における主要鉄道会社の運賃が改定され、東武鉄道の特急料金もこのタイミングで改定されました。いずれも値上げです。
また、近畿圏においても、2023年4月1日に大々的に運賃・料金が改定されました。
運賃・料金の値上げは、2019年10月の消費税率引き上げ以来、約3年半ぶりでした。運賃値上げの直接的な引き金は「鉄道駅バリアフリー料金」で、1乗車ごとに大人10円が課されるものです。
鉄道駅バリアフリー料金は運賃と別建てで表示されるのではなく、運賃に吸収されています。そのため、紙のきっぷをみても、IC乗車した際の履歴をみても、内訳が分かりません。
さて、運賃改定はそう頻繁にあるわけではないので、改定前後の事務取扱など実務面の情報がとても少ないです。定期運賃に関してはノウハウが出回りますが、普通運賃のノウハウがないわけです。
この記事では、普通運賃を中心に、運賃改定があった際、乗車変更をはじめとした細かな取り扱い方について、今回得た知見をできるだけ細かく残したいと思います。

定期券だけではなく、普通乗車券や料金券も値上げ直前に購入すると、いくらか運賃の節約になります。
「鉄道駅バリアフリー料金制度」導入~2023年3月運賃改定の背景~

これまで長い間、消費税率改定時を除き、運賃改定の動きがありませんでした。しかし、物価水準の高騰や労働力不足といった問題がここにきて加速しているのに合わせて、鉄道運賃や料金の引き上げの動きが出てきました。サービスの価格である鉄道運賃・料金にも、その動きが波及するのはごく自然なことです。
今回の運賃改定の直接の引き金は、2021年に国土交通省が創設した「鉄道駅バリアフリー料金制度」です。駅のホームドアやエレベーターなどのバリアフリー設備の設置や維持管理にかかる費用を、受益者負担の形で乗客が薄く広く負担するわけです。
端的には、国も予算確保を進めて補助する一方で、国民にも広く負担してもらおうという趣旨です。
冒頭でお話しした通り、本来かかる運賃に加え、1乗車ごとに大人10円の「鉄道駅バリアフリー料金」が課されます(小児は大人の金額を折半し端数処理)。連絡運輸が関係する場合、鉄道会社1社ごとに10円づつ加算されます(例えば、2社連絡もしくは通過連絡運輸で2社分の大人20円を加算)。
鉄道駅バリアフリー料金制度を導入した鉄道会社
本記事執筆時点で鉄道駅バリアフリー料金の導入を届け出ている鉄道会社は、次の通りです(下線を引いた鉄道会社は改定済み)。
【首都圏】
JR東日本(電車特定区間)/東京地下鉄/西武鉄道/小田急電鉄/横浜高速鉄道/東武鉄道/相模鉄道
【近畿圏】
JR西日本(電車特定区間)/阪急電鉄/阪神電気鉄道/神戸電鉄/京阪電気鉄道/大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)/山陽電気鉄道
【その他の地域】
JR東海/西日本鉄道
運賃引き上げ認可申請を行った鉄道会社
上記の多くの鉄道会社では鉄道駅バリアフリー料金制度導入で直接の運賃改定が避けられている一方、この制度を使わずに運賃引き上げの認可申請を行う鉄道会社もみられます。現在までに運賃引き上げの認可申請を行っている主な会社は、次の通りです。
東急電鉄/京浜急行電鉄/近畿日本鉄道/京王電鉄/南海電鉄
いずれのやり方であっても、乗客目線では運賃の引き上げに他なりません。鉄道駅バリアフリー料金は1乗車当たり大人10円と決まっていますが、運賃に吸収される形で直接目に見えないものです。そのため、実質的に値上げといえます。
運賃改定に伴う実務~原則~
前置きが長くなりましたが、ここから運賃改定の実務面をみていきましょう。
運賃改定日以降に乗車券類を購入する場合、改定後の金額を支払うのはいうまでもありません。しかし、改定日以降に有効な乗車券類を、改定日以前に購入する場合もあります。その場合、改定前の値段が適用されるか、改定後の値段が適用されるかが問題になります。
ここでは、2023年3月に行われた際の取り扱い方を、筆者が知りえた範囲で残すことにします。
【原則】
運送契約は、旅客が運賃・料金を支払い、乗車券類を受け取った時点で成立するとされています。契約が成立した以降の取り扱いは、当該契約が成立した時点での規定が適用されます(旅客営業規則第5条)。
運賃改定時の取り扱いも、この規定が根拠になります。運賃改定前日までに購入が完了した乗車券類の効力や取り扱いは旧運賃がベースとなり、運賃改定日以降に購入した乗車券類の効力や取り扱いは新運賃がベースとなります。
言い換えると、運賃改定時までに購入完了した乗車券の乗車変更は旧運賃がベースになり、運賃改定後は新運賃がベースになります(普通運賃や料金のみ)。運賃改定前後だけにみられる、非常にイレギュラーな取り扱いです。
定期運賃の場合

本記事の主眼ではありませんが、定期運賃(定期券)の取り扱い方も簡単にみておきたいと思います。
● 運賃改定前日までに定期券の購入が完結した場合
定期券購入が完了し、定期券を受け取った時点で、当該定期券の有効期限までは旧運賃で乗車できます。
● 運賃改定当日以降に定期券の購入をする場合
改定後の新運賃が適用されます。
【ケーススタディ】
JR東日本の場合、新規購入/継続購入とも、使用開始日の14日前から行えます。そのため、
2023年3月17日に購入 → 2023年3月31日に使用開始
とすることができます。
例えば、2023年3月31日から使用開始する6か月定期券の場合、最長で2023年9月30日までは改定前の旧運賃で乗車できることになります。
この手法を活かした購入、通勤定期券では任意に行えるものの、通学証明書が必要な通学定期券の場合は自由に行えないことを留意したいです。
定期券の乗車変更
定期券については、乗車変更の取り扱いをしないとされています。そのため、使用開始日を過ぎた場合に有効期間や区間の変更をしたい場合、当該定期券を一旦払いもどし、新たに変更したい内容で定期券を購入します。
もしも、旧運賃で購入した定期券の乗車変更を認めてしまうと、際限なく旧運賃が適用されてしまいます。値上げ回避の抜け穴にされてしまうため、定期券に乗車変更はなじまないでしょう。
別の話として、運賃改定後に乗車し、定期券の有効区間外に乗り越しする場合が考えられます。乗り越し区間については、運賃を別途支払うことから、改定後の新運賃が適用されます。
普通運賃・料金の場合

普通運賃や料金の場合、運賃・料金の改定前後で取り扱いが全く異なるので、注意が必要です。
普通運賃が適用される普通乗車券は、原則的に乗車当日に乗車する駅にて発売します。そのため、運賃改定の影響を本来は受けにくいはずです。
しかし、特急券と乗車券を同時購入する場合、特急券だけでなく乗車券も前売りされることがあります。また、JR各社では普通乗車券の前売りが一般的になっているため、乗車券の購入日によって適用運賃に差が生じます。そのため、この点について検討する余地が生じます。
● 運賃改定前日までに普通乗車券/料金券の購入が済んだ場合
乗車券を受け取った時点で、乗車券の有効期間中に旧運賃ベースの運賃で乗車できます。つまり、改定後の運賃との差額を払う必要はありません。
● 運賃改定当日以降に普通乗車券/料金券の購入をする場合
改定後の新運賃が適用されます。
【ケーススタディ】
JR各社の場合、普通乗車券/料金券は乗車日の1か月前から購入できます(原則通り乗車当日にしか売らないケースも散見されますが)。そのため、
2023年3月17日に購入した普通乗車券 → 同年4月17日乗車分の普通乗車券
とすることができます。したがって、運賃改定から少なくとも1か月後までは、引き上げられる前の旧運賃で乗車できます。

これは、新宿駅から大宮駅ゆき普通乗車券です。いずれも運賃改定後の3月18日に有効な乗車券ですが、購入日に着目してください。
運賃改定前の3月10日に購入した乗車券の値段は480円、改定後の18日に購入した乗車券の値段は490円です。きっぷの効力が同一ながら、契約成立時点で適用される金額が異なるわけです。
1か月先までの旅行予定が確定している場合、運賃・料金改定前日までにきっぷの購入を済ませておくと賢いです。
後述するように、これはあくまでも乗車開始前の話ですので、注意してください。
普通乗車券の乗車変更
無割引の普通乗車券については、乗車変更ができるとされています。乗車変更には、乗車するまでに行う変更(旅行開始前の乗車変更)と乗車後に行う変更(旅行開始後の乗車変更)の2通りがあります。
旅行開始前の乗車変更と、旅行開始後の乗車変更で、取り扱いに差が生じます。
● 旅行開始前の乗車変更(普通乗車券/料金)
普通乗車券や料金券(乗車変更が認められる企画券も)については、使い始めるまでは1回だけ乗車変更ができます(乗車券類変更)。変更できるのは、
旅行開始日/区間・経由/乗車する列車(時刻や設備など)
といったものです。
これらの変更を行う際の運賃・料金のベースは、改定前の運賃・料金です。改定前に運送契約が成立しているため、当初の契約時点の金額が適用されます。
【ケーススタディ】

これは、大宮駅から上野駅ゆき普通乗車券です。運賃改定後の3月23日に有効な乗車券です。
運賃改定前の3月16日に購入しておいた別の普通乗車券を旅行開始前に乗車変更しました。乗車変更した場合でも、元々の運送契約が承継され、変更後の乗車券も旧運賃(480円)が適用されます。

これは、改定後の23日に購入した乗車券です。運賃改定後に購入したため、値段は490円です。きっぷの効力が同一ながら、契約成立時点で適用される金額が異なるわけです。
● 旅行開始後の乗車変更(普通乗車券のみ)
定期券にはない点です。無割引の普通乗車券では、旅行開始後の乗車変更として「区間変更」が認められます。
乗車券の有効区間外に乗り越した場合、発駅計算で[原券:発駅ー着駅]の運賃と[発駅ー乗り越した駅]の運賃の差額を計算し、支払うケースが多いです。この場合にベースとなる運賃は、改定前の運賃です。運賃改定前に運送契約が成立しているためです。
区間変更が適用できない場合に「別途乗車」となるケースが考えられます。運賃改定後に別途乗車した場合、定期券の例に倣ってその区間分だけ新運賃が適用されると類推できます。これは、別途乗車する区間については、運賃改定後に運送契約が成立するためです。
例えば、運賃改定前の「横浜市内→仙台市内」の普通乗車券で乗車中、急に東京駅から千葉駅に行きたくなって、(区変しないで)枝分かれした区間のみ別途運賃を支払うケースが、これに該当します。
【連絡運輸が関係する場合】
旅行開始前後を問わず、1社完結の普通乗車券(旅客営業規則)のルールを準用します。旅客連絡運輸規則第8条に規定されています。
したがって、これまで説明した内容が連絡乗車券にも該当します。
「えきねっと」の事前受付や決済手段にも影響が
今回の運賃改定では、ネット予約サービスの「えきねっと」にも影響がありました。旧運賃が適用される3月17日までの申込や決済に制限がありました。

運送契約の申込からきっぷの受け取りまでの過程がすべて3月17日以前に完了する必要がありました。そのため、きっぷの申込から決済完了、きっぷの引き取りまでの期間で、3月17日と18日をまたぐことができませんでした。
旧運賃で運送契約の申し込み、新運賃で運送契約締結の完了ということができず、新旧いずれかの運賃で統一する必要があるということです。
払いもどし
運賃改定前に購入した定期/普通乗車券・料金券を改定後に払いもどす場合は、改定前の金額をベースに計算します。
まとめ

本記事では、運賃・料金の改定前後の実務面をまとめました。
原則は、運送契約締結時期である乗車券の購入完了時点で、旧運賃・料金が適用されるか、新運賃・料金が適用されるかが決まります。そのため、運賃改定前日までに乗車券を購入した場合、その効力は運賃改定後にもそのまま及びます。
乗車変更も、[運送契約締結時期=原乗車券の購入時期]に左右されます。ただし、乗車変更は普通乗車券・料金に適用されるもので、定期乗車券には乗車変更の概念はありません。
運賃改定前日までに購入した普通乗車券・料金券の乗車変更をする場合、その値段は改定前のものが適用されます。そのため、運賃改定時にしか見られない珍しいきっぷが発行されることがあります。
1か月先までの旅行の予定が決まっている場合、運賃改定直前にきっぷを購入すると改定前の値段で旅行できて、いくらかおトクになります(あくまでも改定=値上げの場合ですが)。
おわりに一言
鉄道駅バリアフリー料金は、国や自治体がバリアフリーの補助を行う一方で、受益者である乗客にも薄く広く負担してもらおうという発想で、一見合理的にみえます。
しかし、筆者個人的には、交通分野のバリアフリーといった公益性の高いものの整備には、全額国費が投入されるべきだと考えます。率直なところ、[利用者への転嫁=消費税の転嫁]のように思えてしまいます。
鉄道会社目線で見ても、鉄道駅バリアフリー料金の使途がバリアフリー設備に限られ、本来必要な車両・設備の更新費用や職員の待遇改善を自由に行えません。そのため、たとえ運賃改定の認可申請をしたくても「鉄道駅バリアフリー料金制度を利用しなさい」という国からの暗黙の圧力を感じて、運賃改定の認可申請を出しづらいだろうと、筆者も懸念します。
今回、鉄道駅バリアフリー料金制度を使わずに真正面から運賃改定認可を得た東急電鉄や近畿日本鉄道のやり方は、至って正道かつ健全だと思います。
鉄道サービスのレベル維持のために、行き過ぎない程度で運賃改定の認可を柔軟に出す姿勢が、国に求められるのだろうと思います。さもないと、鉄道会社もより一層の合理化を図らざるを得なくなり、旅客サービスの低下や安全性の低下などの不利益が生じるのではないかと、心配になります。
また、今回の運賃改定について、取り扱い方の詳細に関する乗客への告知が十分になされていないことを懸念します。特に、JR東日本にはこの手の告知をしないで情報を囲い込む傾向があり、望ましくありません。聞きたいことがあればその都度係員に聞け、といいますが、上から目線さを感じざるを得ません。
参考資料 References
● 旅客鉄道会社 旅客営業規則 第5条(契約の成立時期及び適用規定)
旅客の運送等の契約は、その成立について別段の意思表示があつた場合を除き、旅客等が所定の運賃・料金を支払い、乗車券類等その契約に関する証票の交付を受けた時に成立する。
2 前項の規定によつて契約の成立した時以後における取扱いは、別段の定めをしない限り、すべてその契約の成立した時の規定によるものとする。
● 国土交通省ウェブサイト(バリアフリー関連事業)2023.3閲覧
● 鉄道駅バリアフリー料金収受開始に伴う運賃改定について(小田急電鉄)2023.3閲覧
https://www.odakyu.jp/change/pdf/barrier-free-fee-infomation_202301.pdf
改訂履歴 Revision History
2023年3月24日:初稿
2023年4月07日:初稿 修正
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