我々が交通機関を利用する時に買うきっぷ。ひらがなで「きっぷ」と表記される時もあれば、漢字で「切符」と表記される時もあります。
これは、単なる漢字の変換ミスでしょうか。実は、ひらがなの「きっぷ」と漢字の「切符」には、きちんとした使い分けが決まっています。
乗車券や特急券などをまとめて「乗車券類」といいますが、一般的にはひらがなで「きっぷ」と表記します。乗車券類以外の対価を収受した証票として乗客に渡すのが、漢字表記の「切符」です。
この記事では、漢字表記の「切符」にはどのようなものがあるかをお話しします。そして、その一つである「普通手回り品切符」の実物に様式上のバリエーションがいくつかあることをお見せしたいと思います。
普通手回り品切符が発行されるのは、子犬や猫といった小さなペットをケージに入れて、有料手回り品として携帯する場合です。この記事では、ペットの携帯方法や条件ではなく、発行される「切符」そのものに焦点を当てます。
ひらがなの「きっぷ」と漢字の「切符」の違い
鉄道の旅客運送にかかる対価を支払ったしるしに乗客が受け取る乗車券や特急券、グリーン券や寝台券などを、まとめて「乗車券類」といいます(旅客営業規則3条で定義)。乗車券類は、慣用的にひらがなで「きっぷ」と呼ばれます。

このような紙のきっぷや電子記録としてのきっぷが、ひらがな表記の「きっぷ」にあたるわけです。
しかし、ひらがなの「きっぷ」という用語は、鉄道の旅客運送のルールブックである旅客営業規則には登場しません。乗車券類というと堅苦しいので、わかりやすくひらがなで「きっぷ」と呼ばれていると考えます。
旅客運送に付随して発生する、旅客が携帯する手回り品の持ち込み料金や、携帯品の一時預かり料金を支払ったしるしに受け取るのが「普通手回り品切符」や「一時預り切符」です。この場合の「切符」は漢字で表記されますが、旅客営業規則にちゃんと規定があります(規則310条/321条)。
ひらがなの「きっぷ」は定義がない一般用語なのに対し、漢字の「切符」は、規則に裏付けされた有料手回り品に関する証票です。
この記事では、そのうち「普通手回り品切符」についてお話しします。
普通手回り品切符が発行される場面
それでは、「普通手回り品切符」はいかなる場合に発行されるのでしょうか。
我々が列車に乗る時、手ぶらで乗ることはあまりなく、荷物を携帯して乗ることが一般的ではないでしょうか。携帯品には様々なものがあり、持ち込み禁止の物品、持ち込みが無料な物品、そして料金を支払って持ち込む物品があります。

実際に、あるJRの駅において、手回り品に関するこのような案内表示を見かけました。
折りたたんだ状態の自転車やサーフボードなどの大きいものでも、長さ2mまでの物品を2つまで無料で持ち込めることが書かれています。ただし、持ち込みに対する対価が発生しないため、証票が発行されることはなく、本記事では対象としません。

持ち込みに対して対価が発生し、証票が発生するのが、子犬や猫の他、安全な小動物の類をケージに入れて携帯する場合です(規則309条)。駅で改札口から入場する際、持ち込み料金を支払って渡されるのが、本記事でお話しする「普通手回り品切符」です。

身体障害者補助犬や盲導犬は、有料手回り品ではありません。普通手回り品切符の対象は、愛玩用のペットをケージに入れて持ち歩く場合です。
列車車内に持ち込めるペットケージのサイズは、3辺あわせて120cm(宅配便でいえば120サイズ)までなので、思ったよりも小さいです。JRや多くの私鉄では持ち込み料金が発生し、多くの鉄道会社では1回の乗車ごとに290円かかります。
ペットを含む手回り品に関するルールや料金は、鉄道会社によって無料か有料か異なります。仮に有料であっても290円ではなく、金額が異なる場合があります。ご自身で、その都度確認してください。
普通手回り品切符の効力
いま、1回の乗車ごとに290円かかると申し上げましたが、発駅の改札口に入場してから、どこまで有効でしょうか。
1回の乗車とは、途中下車するか、目的地の駅で改札口を出場するまでです。改札口を出ずに列車を乗り換える限り、1回の乗車とみなされます。
連絡運輸の制度に基づいて連絡乗車券を購入し、他社線に乗り継ぐことがあります。その場合も、普通手回り品切符については1回の乗車であれば290円で済みます。通しで乗車する限り1件の運送契約であるため、鉄道会社ごとに290円かかるわけではないことを覚えておくとよいでしょう(旅客連絡運輸規則111条)。
筆者が本記事執筆の参考にしている単行本に、毎日猫を連れて通勤しているから定期手回り品切符を売ってくれないか、という笑い話のような設例がありました。定期手回り品切符は現在発売されておらず、規則上にも存在しません。毎日ペットを連れて通勤する人が本当にいるのでしょうか、笑。
普通手回り品切符の様式
「普通手回り品切符」は規定上、厚めの軟券上に文字が赤色で印刷された荷札のようなものです。

普通手回り品切符の表面です。荷札の上部に穴が開いていて、針金が通されています。針金を使用して、切符をペットケージにくくりつける形です。

裏面には、注意書きがあります。荷札状の紙片が、普通手回り品切符のオーソドックスな形状です。
しかし、普通手回り品切符には、荷札ではなく様々なバリエーションが存在します。本記事では掲載しませんが、JR各社はじめ多くの鉄道会社ではレシートではないかと思います。

これは、硬券の普通手回り品切符です。やはり赤色で印刷されていますが、硬券なのでケージにくくりつけることはできません。

裏面には、注意書きがあります。

鉄道会社の中には、普通手回り品切符を調製しないことがあるようです。その場合の一例として、特別補充券が代用されることがあります。上の写真は、その例です。
JR各社などでは、普通手回り品切符の発行に特別補充券を使用しないこととされているので、珍しい運用かと思います。
ここで例示した北越急行では、旅客営業規則上に特別補充券の使途が明確に規定されていないため、柔軟に運用しているのだと思います。
まとめ
ひらがなの「きっぷ」と、漢字の「切符」の使い分けが、単なるフィーリングで行われているのではないことをお分かりいただけたのではないでしょうか。
「きっぷ」は慣用的な言い回しなのに対して、「切符」は使途が限定された規則上の用語です。
ペットケージに入れられた子犬や猫等を携帯する場合には有料手回り品とされ、持ち込み料金がかかる鉄道会社が多いです。料金を支払ったしるしとして発行されるのが「普通手回り品切符」です。
1回290円かかる料金ですが、必ずしも鉄道会社1社ごとにかかるわけではなく、連絡乗車券で1回の乗車となる場合は、手回り品料金も1回分で済みます。ただし、途中下車した場合はそこで効力がなくなります。
普通手回り品切符は必ずしも荷札状の紙片ではなく、レシートや硬券が使われることもあります。きっぷのチケットレス時代にあっても、ペットの携帯までがチケットレスになる日は、果たしてやってくるのでしょうか??
参考資料 References
● 国鉄きっぷ全ガイド(日本交通公社)1987.01
● JR旅客営業制度のQ&A(自由国民社)2015.3 pp.231-233
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第3条(用語の意義)抜粋
この規則におけるおもな用語の意義は、次のとおりとする。
(8) 「乗車券類」とは、乗車券、、特別車両券、寝台券、コンパートメント券及び座席指定券をいう。
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第309条(有料手回り品及び普通手回り品料金)
旅客は、小犬・猫・はと又はこれらに類する小動物(猛獣及びへびの類を除く。)であつて、次の各号に該当するものは、第308条第1項に規定する制限内である場合に限り、持込区間・持込日その他持込みに関する必要事項を申し出たうえで、当社の承諾を受け、普通手回り品料金を支払つて車内に持ち込むことができる。
(1) 他の旅客に危害を及ぼし、又は迷惑をかけるおそれがないと認められるものであつて、3辺の最大の和が、120センチメートル以内の専用の容器に収納したもの
(2) 専用の容器に収納した重量が10キログラム以内のもの
2 普通手回り品料金は、旅客の1回の乗車ごとに、1個について290円とする。
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第310条(普通手回り品切符)
第309条の規定により普通手回り品料金を支払つて、有料手回り品を車内に持ち込む旅客に対しては、普通手回り品切符又はこれに代わる証票を交付する。
2 普通手回り品切符の様式は、次のとおりとする。
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第311条(普通手回り品切符の効力等)
普通手回り品切符又はこれに代わる証票は、切符又は証票に表示された条件に従つて当該有料手回り品を車内に持ち込む場合に限つて有効とする。ただし、途中下車をしたときは、その効力を失う。
● 旅客鉄道株式会社 旅客営業規則 第321条(一時預り切符)
携帯品の一時預りを受け付けるときは、一時預り切符を交付する。
2 一時預り切符の様式は、次のとおりとする。
● 旅客鉄道株式会社 旅客連絡運輸規則 第111条(有料手回り品及び普通手回り品料金)
鉄道・航路区間における旅客は、小犬・猫・はと又はこれらに類する小動物(猛獣及びへびの類を除く。)であつて、次の各号に該当するものは、旅客規則第 308 条第1項に規定する制限内である場合に限り、持込区間・持込日その他持込みに関する必要事項を申し出たうえで、鉄道・航路区間と自動車区間とを各別に運輸機関の承諾を受け、普通手回り品料金を支払つて、これを車船内に持ち込むことができる。
(1) 他の旅客に危害を及ぼし、又は迷惑をかけるおそれがないと認められるものであつて、3辺の最大の和が、 120 センチメートル以内の専用の 容器に収納したもの
(2) 専用の容器に収納した重量が 10 キログラム以内のもの
2 普通手回り品料金(消費税法(昭和 63 年法律第 108 号)の定めによる消費税相当額及び地方税法(昭和 25 年法律第 226 号)の定めによる地方消費税相当額を含んだ額とする。)は、鉄道・航路区間を通じ、旅客の1回の乗車船ごとに、1個について290円とする。
(注) 有料手回り品の持込区間が、鉄道・航路区間の間に自動車線区間を介在するときは、前後の鉄道・航路区間は各別に普通手回り品料金を収受する。
改訂履歴 Revision History
2023年4月17日:初稿
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