JR各社の旅客サービスや安全性の低下を危惧する~上下分離が救いとなるか~

JR木次線下久野駅 鉄オタあれこれ

2020年から2022年にかけて、鉄道の利用客が一時的に減少し、JRを含む各鉄道会社の決算が軒並み赤字に陥りました。2023年に入り、定期外収入は回復しました。しかし、前年までの赤字決算により、諸々の旅客サービス水準の低下が目に見えて明らかになりました。

具体的には、JR各社のみどりの窓口(有人窓口)の削減、列車の運行本数の削減など、人件費の削減が目立ちます。JR九州管内における列車の運行本数の極端な減少が新聞報道され、社会問題化しました。

また、地方における公共交通の衰退が社会問題化しています。JR北海道管内では赤字ローカル線の廃止が続き、他のJR会社においても赤字路線のデータの公表に至っています。廃線が進み、地域経済の衰退につながることが懸念されます。最終的に割を食うのは、いわゆる交通弱者であり、利用者です。

一方、JRの線路には、当然のことながらJRの列車しか走っていません。例えば、JR以外の事業者にも列車を運行させ、料金やサービスを競争させることはできないものかと、ふと考えました。利用者目線で単純に考えれば、JRに独占させるよりも、競争によってサービスが良くなるのではないかと。

この記事では、利用者にとって不利益なJR各社のサービス低下について、最初に現状を振り返り、その背景を考えます。鉄道が単なる営利事業ではなく、社会の公益を左右する基礎的な社会インフラである点に立脚し、この事象にいかに対峙したらよいか考察したいと思います。

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顕著になったJR各社のサービス低下

上野駅コンコース

2020年度から2021年度にかけて、民間企業であるJR各社の決算が軒並み赤字に陥りました。その後、決算は黒字化しましたが、定期客の戻りが鈍く、力強さに欠けます。民間企業である以上利益を出さなければならないということで、減収分以上の経費削減が行われています。

我々利用者からみても最も分かりやすいのが、JR駅のみどりの窓口(有人窓口)の削減です。当初JR東日本管内から動きが始まりましたが、その後JR西日本管内やJR九州管内でもその動きが加速しています。きっぷを買うまでにかかる待ち時間が増加し、時にきっぷの購入を断念することもあります。

みどりの窓口の削減問題については、別の記事(↓)で詳しく考察しています。ぜひご一読ください。

JR各社の経費削減、特に人件費の削減はこれにとどまらず、あらゆる面に波及しつつあります。その結果、利用者にとってサービスが低下し、時に安全性やモラルが脅かされる事象が発生しています。

ここ数か月間、JR東日本管内では、乗務員の体調不良・急病による電車の遅延が数件発生しています(JR東日本アプリの運行情報にしばしば表示されます)。列車が遅延し、利用者に影響が出る以前に、当該乗務員のことが働きすぎではないかと心配になります。JR東日本の労務管理には、非常に懸念を抱きます。

また、2023年8月5日の夜間に発生した、JR東日本東海道線大船駅付近における倒れた架線への衝突事故。東海道線や上野東京ラインが長時間不通になり、多くの人が負傷し、混乱しました。その結果、国も動くほど社会への影響が大きい事象でした。

さらに、2023年7月には、JR九州小倉駅で最低運賃区間の乗車券を券売機で発売しないという事象がありました。西小倉駅ゆき170円の乗車券を買って乗車し、改札が行われない他の無人駅まで不正乗車するケースが発生しているのではないかということです。このように、JR九州管内における不正乗車の問題などの問題にも影を落としています。

いずれも、安全性やモラルの崩壊に結びつくような事象です。果たして、これを一時的な問題として看過してもよいのでしょうか。

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JR各社のサービス低下に至った根本的な要因

JR各社の決算が赤字に至り、黒字化を果たすために必要経費を削減するには、構造的な問題があると筆者は考えています。

その問題とは、JR各社が民間の株式会社であり、営利を追求しなければならないことです。JR各社の中でも、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR九州の4社は株式を上場し、完全民営化を果たしています。

上場会社である以上、株式を保有する株主の監視があり、利益を最大化しなければなりません。そのためには、安全性の低下や利用者へのサービス低下につながるような経費削減が求められます。この手法は、必ずしも正しいとはいえません。

JR各社が営利企業であることは、ごく当然のことと認識されています。しかし、単なる営利企業ではありません。普通の事業会社とは違い、規制を受けたり地域独占が認められたりと、公益性が求められる特殊な業態であることを覚えておきたいです。

これまでお話しした事象は、経費削減が影響していることには違いありません。ここでは、JR各社がいかにして自助努力で利益を追求しなければならないような営利企業になったかという起源をお話ししたいです。

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国鉄分割民営化が起源~政治が強く影響~

キハ40車内

その起源とは、かつての国鉄(日本国有鉄道)が分割民営化したことです。1987年に、6つの旅客鉄道会社と1つの貨物鉄道会社、その他の会社が分割民営化で誕生しました。いずれも株式会社です。

この際の地域分割が、地域鉄道の衰退につながったのではないかといわれています。特にJR北海道やJR四国は経営基盤が弱く、国から補助を受けているのはすでに周知のことです。様々な努力にもかかわらず赤字が解消せず、完全民営化どころか赤字路線の廃線が続く結果を招いています。

6つの地域分割にこだわったのが、国鉄分割民営化を進めた政府や自民党です。当時の首相、故中曽根康弘が、それを自身の功績として自ら語っていました。

当時力が強かった国鉄の数ある労働組合の力を弱めるために6つの地域分割を断行し、その結果国労(国鉄労働組合)や動労(動力車労働組合)の崩壊につながりました。労働組合つぶしや左派野党の弱体化が、国鉄分割民営化の真の目的だったといえましょう。

当時の国鉄の混乱が引き金になり、JR各社が誕生しました。混乱があったとはいえ、鉄道網の将来を見据えたグランドデザインがあったとは考えにくく、その場しのぎの政治的な恣意的判断があったことをお分かりいただけたと思います。

国民が広く必要とするユニバーサルサービスを提供し、公益性を求められた存在が、かつての公社です。それらの公社を民営化し、民間営利企業として利益を最大化させる政策を、自民党は推進しました。その結果公益性が反故にされ、資本家がより潤い、利用者が不利益を受けているという構図は、いかにも自民党らしい政策の結果ではないでしょうか。

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それで誰が困るか?

先に申し上げた通り、国鉄分割民営化によって、本来公益性が求められる鉄道会社が利潤の追求を求められることになりました。利潤をより多く出すためには経費を削減するわけで、JR4社が上場して以来その傾向が顕著です。

2020年度から2021年度にJR各社が赤字決算に陥った際も、政府による欠損補助は一切なく、自助努力を求められました。みどりの窓口をつぶしてその跡地に店舗を展開するのが顕著な例ですが、人件費を削減したり旅客サービスに欠かせない設備を撤去したりという動きにつながりました。

これらの結果、JR各社やその従業員が困難を経験したことはいうまでもありません。しかし、JRを利用する乗客や交通弱者、地域社会・経済がさらに困っているのではないでしょうか。

国鉄分割民営化やJR各社の施策の根本には政治があり、我々はその影響を強く受けます。しかし、政治に物申す形になるため、これらの問題を指摘する人があまりいません。そんな点に、筆者は問題意識を持ちました。

鉄道路線に複数の運行事業者の参入は可能か?

北陸新幹線E7系

いままで、JRのサービス低下に至った背景について考えてきました。それでは、事態を解決するための方策はあるのでしょうか。その方策を考えるにあたって、鉄道運営の上下分離についてお話しする必要があります。

唐突なお話ですが、新幹線の運行事業者は必ずしもJR各社である必要はなく、安全性や資力などの要件を満たした他の事業会社が参入してもいいのではないかと思います。

例えば、携帯電話の分野には、既存の事業者NTTの他に、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルが参入していて、利用者は利用したいと思う事業者を自由に選ぶことができます。

上下分離とオープンアクセスのイメージ図

それと同じく、新幹線の運行についてもJRでなければ担えないと考えるのは、いささか早計なのではないかと。新幹線の運行事業者がJR各社に限らず、ソフトバンク鉄道でも楽天鉄道でも、資本力と安全性が担保されれば、利用者にとっては関係ないわけです(現行の法律は必要に応じて修正するとして)。

貨物であれば、運行事業者は必ずしもJR貨物に限定されず、例えばヤマト鉄道や佐川鉄道があってもいいわけです。鉄道輸送手段を自前で持つことで、宅配便事業をより効率的に運営し、利用者へのサービス向上につながる可能性があります。

運行事業者を利用者が選べるようになれば、競争が発生して料金や設備面でのサービスが向上するのではないかと期待を持てます。

ある鉄道会社が土地や設備といったインフラを自前で所有し、運行も自前で行う従来のスキームではまずありえない話です。しかし、インフラを国や自治体が所有し、線路を運行事業者に貸し出すスキームであれば、複数の運行事業者が同じ線路を使用してサービスを競うといったことも決して絵空事ではありません。

道路が公有で複数の路線バス事業者が同じ区間を運行したり、空港が公有の複数の航空会社が同じ区間を運航するのは、ごく日常です。しかし、鉄道だけは線路の所有も運行も自前なのは、なぜでしょうか。

鉄道運営の上下分離

只見駅構内

鉄道の土地や線路設備、施設といった、いわゆる「下」の部分と、列車の運行といった、いわゆる「上」の部分を分離することを「上下分離」といいます。鉄道の新線建設やローカル線の存続を語る時には、欠かせない考え方です。

従来の鉄道路線は「下」も「上」も同じ事業者が担っていましたが、地方の地域鉄道においては、自治体が「下」の部分を所有し、運行事業者が「上」の部分を担当するケースが増えています。

2023年8月に開業する宇都宮ライトレールにおいても、線路や設備を自治体(宇都宮市、芳賀町)で所有し、運営を第三セクター(宇都宮ライトレール)が担うスキームが採用されました。

宇都宮ライトレールウェブサイトより引用

2022年秋に全線の運行が再開したJR只見線の会津川口駅から只見駅までの区間でも、上下分離方式が導入されています。福島県が下の部分を、JR東日本が上の部分を担当しています。福島県が資金を拠出して、上下分離での路線の維持を選んだケースです。

整備新幹線のスキームも、上下分離方式です。国が線路を建設し、所有します。国とはいっても、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)という組織が実務を担当します。新幹線の運行は、JR各社が担当します。

既存の新幹線、整備新幹線を問わず、各新幹線の列車の運行はJR単独で行っています。地域独占で、他の事業者は参入していません。

オープンアクセスがサービス向上につながるか?

鉄道運営の上下分離は、ヨーロッパではEU(欧州連合)の指導もあり、一般的です。現在はEUを離脱していますが、英国においては上下分離に加え、複数の運行事業者を参入させる「オープンアクセス」が導入されています。

基本的な上下分離のもとに存在する地域別の運行事業者(フランチャイズ)の他に、オープンアクセスの制度でその他の事業者も列車の運行に参入できる仕組みです。オープンアクセスにおける代表的な運行事業者として「Grand Central」や「Hull Trains」があります。

それらの運行事業者によってサービスの競争が発生し、利用者目線では運賃が安くなるなどの分かりやすいメリットがあります。

オープンアクセスを含む上下分離の考え方の下では、上の部分を担う運行事業者にとって莫大な設備投資が不要です。鉄道事業に参入しやすいのが、運行事業者にとってのメリットです。

社会インフラとして公共性の維持を図ることと、複数の運行事業者が参入することで市場原理を導入することと共存可能なのが、上下分離の長所と考えられます。今お話しした通り、運行事業者の自立が可能で、旅客サービス向上も十分に期待できるわけです。

しかし、上下分離においては関係する多くの組織管理が複雑で、管理が難しいのが短所です。結果的に列車の運行に支障をきたす事象があり、必ずしもうまくいっているわけではありません。英国では、鉄道の再国有化が模索されているようです。

したがって、オープンアクセスが必ずしもサービス品質の向上をもたらすわけではなく、従来の枠組みで特定の運行事業者が一社独占で運行することを一概に否定できるわけではありません。

交通弱者にとって欠かせない公共交通

木次線出雲坂根駅

鉄道の上下分離や路線の内部補助を語ると、必ず批判があります。採算が取れないなら廃線すべきであるとか、大都会の利用者が地方ローカル線の費用負担をするのは合理的ではない、といった批判です。

そのような批判があっても鉄道路線の維持が語られる背景として、交通弱者の保護という視点があります。

車を利用するには、車を保有する経済力や運転免許を取得できる健康が必要で、車社会は実はあまり持続的とはいえません。失業したり障害を持ったりして、車を手放す可能性は誰しもあります。また、高齢で運転免許を返納することもあるでしょう。

そこで、日常生活において移動する際には、自分で車を運転しなくても済む公共交通が欠かせません。移動する権利を保障するために、最終的には国や自治体が公共交通の維持に責任を負わなければなりません。その点で、公共交通はユニバーサルサービスといえるのではないでしょうか。

公共交通として維持するのは鉄道ではなくてもいいという考えがありますが、鉄道には遠方からの旅客を誘致できる強みがあります。実際に筆者が宮城県の気仙沼線BRTを訪れた際、地元の人以外の観光客が大変少なかったです(当時の様子は別記事を参照ください)。

また、鉄道網を張りめぐらせておくことで、国防上の強みも発揮できます。交通弱者の保護以外にも、鉄道網を維持するための動機付けは十分にあります。

いわゆる「2024年問題」では、トラックドライバーやバスドライバーの不足が懸念されます。鉄道から路線バスにモード転換しても、人手不足の点でサービス水準を維持する懸念が生じるため、鉄道の廃線には慎重でありたいです。

鉄道の廃線が地域の孤立を招くのは確実で、最後まで存続の可能性を探った方がよいのではないでしょうか。

公共交通としての鉄道網を残すために~国や自治体の関与が求められる~

北見駅ホーム

鉄道網の興隆は、地域の人口や産業と密接な関係があります。かつての宰相、故田中角栄が著書「日本列島改造論」で、国土に新幹線を整備して地方に工場や産業を誘致し、人口を維持することが国土の発展につながると記しています。

地域から人口が流出して生活者が少なくなり、公共交通を利用する人が減少したことが引き金になって、鉄道会社の経営が厳しくなりました。人口減少が避けられなく、これ以上利用者が増えることが期待できない状況で、鉄道会社に自助努力を求め続けるのは、あまりに酷なことです。

鉄道が社会インフラであるということに立脚する限り、最終的にそれを守るのは国や自治体です。先にお話しした英国では、鉄道の再国有化の動きがあるようです。日本においては、運行の再国有化にこだわることはないものの、インフラ部分の公有化によって鉄道路線を守るという方策は取れると思います。

国鉄分割民営化の最終ゴールである、JR完全民営化に突き進むのは限界があると反省し、政策を転換するような柔軟性が国には求められます。

鉄道の上下分離には課題があるものの、線路や施設といった「下」の部分を国や自治体が社会インフラとして所有し、民間の運行事業者が「上」の部分を担うのは、インフラの公共性担保と資本主義の競争原理とうまく共存できるウィンウィンの仕組みではないでしょうか。

JRを含む複数の運行事業者が同じ路線の運行に参入したら、事業者間の競争によって利用者に利益がもたらされる可能性が残されていると期待したいです。

公益性がある鉄道を単なる営利事業と自助努力を強いるのではなく、社会全体で守るインフラとして捉えられるよう、国や自治体が関与することが求められます

おわりに

地域公共交通に関する考察が多く出ていますが、いずれも鉄道が営利事業であること、政府の方針が是であることが前提になっています。その結果、それらの考察では抜本的な解決策が見出されず、行き詰っています。

一方で、鉄道の公益性や交通弱者のことが勘案された考察がほとんどありません。そのようなことで、交通弱者目線でこの問題を考えてみたいと思い、執筆に至りました。

本記事の執筆を通して、鉄道と政治との関係が思った以上に密接であることを認識しました。世の中不利益なことが生じると、常に弱者が犠牲になります。社会弱者に寛容で優しい社会こそ、我々が誇るべきものではないでしょうか。

参考資料 References

● 鉄道のオープンアクセスは日本で通用するか(ITmedia)2023.8閲覧

鉄道のオープンアクセスは日本で通用するか
赤字ローカル線の救済策として「上下分離化」が進行中だ。鉄道会社とバス会社の施設負担について格差解消を狙った施策とも言える。しかし、日本における上下分離化は鉄道会社間の不公平の始まりでもある。運行会社が1社しかないからだ。

● コロナ禍を経て「再国営化」に向かう英鉄道の事情 複雑な「フランチャイズ制度」見直し一元化へ(東洋経済)2023.8閲覧

コロナ禍を経て「再国営化」に向かう英鉄道の事情
1997年に完全民営化を果たしたイギリスの旧国鉄。列車運行と線路インフラの保有・管理を別々の組織が担う「上下分離」方式を採用し、列車運行に民間企業を多数参入させるシステムによって20年以上にわたり運営が続…

● 「国労つぶし総評つぶし社会党をつぶした」/中曽根元首相の本当の「功績」2023.8閲覧

「国労つぶし総評つぶし社会党をつぶした」/中曽根元首相の本当の「功績」

● 鉄道の上下分離に関する分析(交通学研究)2009  2023.8閲覧

https://www.jstage.jst.go.jp/article/koutsugakkai/53/0/53_65/_pdf

● 英国の旅客鉄道におけるオープンアクセスの現状(運輸と経済)2014 2023.8閲覧

https://www.itej.or.jp/cp/wp-content/uploads/katsudou/2014-02.pdf

● 鉄道事業の上下分離方式に伴う競争の成果(運輸政策研究)2000 2023.8閲覧

https://www.jttri.or.jp/members/journal/assets/no07-15.pdf

● 上下分離政策の市場的背景と政策的意義 2023.8閲覧

https://core.ac.uk/download/pdf/230531407.pdf

● 整備新幹線について(総務省) 2023.8閲覧

https://www.soumu.go.jp/main_content/000357377.pdf

画像を使用させていただいた「いらすとや」さんには、いつも感謝しています。

改訂履歴 Revision History

2023年8月11日:初稿

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